報告
リハビリのいわゆる急性期的なものを卒業してスタッフ研修に入ったメンバー1名。
ま、ボチボチ行こう。
COBYPLAN入所中のたくやさんから一言いただいております。
以下加筆修正なしでどうぞ。
ギャンブル依存症のたくやです。私は16歳の時にパチンコ、スロットのギャンブルを始めました。私は18歳の頃にインターネットカジノ通称インカジを覚えました。一日2800万を勝ち一週間で消えました。ですが敗北感というものを覚えず、もっと勝ちたい、俺はギャンブルと共存出来るんだと思っていましたが、23歳の頃にギャンブル依存症ということで施設に無理やり入れられましたがすぐに脱走し入退院を繰り返しましたが25歳の誕生日を迎える頃には身も心もボロボロになっていました。そして現在は新たな施設で同じ境遇の仲間と共に回復し続ける事にしました。
もしギャンブルの事で悩んでいる方は是非おいでなすって下さい。では、失礼します。
COBYPLAN入所中の義輝さんから一言いただいております。
以下加筆修正なしでどうぞ。
ギャンブル依存症の義輝です。
私は、生まれた頃から人と違う個性が強いです。
障がいもあり、人と関わるのが苦手です。
しかし、ギャンブルが大好きで光る台が好き。
もう、開店から閉店まで一日打ちまくり。
勝てば天国。負けたらホームレス。そう、いつもホームレス確定。挙句には、親に泣きつき。
もう!(^^)!借金地獄。…6500万円”(-“”-)”泣き泣き。
親に立て替えてもらい放し。顔があがりません。
親も堪忍袋きれて施設に送られました。(*’ω’*)
早、半年過ぎて、まだまだ、欲求ありありですよ。
もうやりたいが・・・・99,999%やりたい。
しかも、一回打ちたい想いから現実に夢を叶えてしまうというスリップを経験しています。コロナでマスク着用しないと今のパチンコは入れないという掟もあるのに、それが、たまたま持っていて打ちました。
打っても、面白いとは感じず、後悔ばかり残っていましたよ。
では、皆さま、またの機会にまた逢いましょう。
サヨウナラ。
COBYPLAN入所中のアオさんから一言いただいております。
以下加筆修正なしでどうぞ。
と思ったのですが、解説が必要なところがありますので( )で解説します。
「最近面白いことないか? 何かあるなら話を聞くよ!」
ギャンブルスタッフが笑顔と真顔を織り交ぜて、入寮約8ヶ月の私にこれまで何度も聞いてきた(6度聞いていた)。その度に、禁止の携帯電話6台とタブレット1台など預ける事がお決まりだ(なぜかはわからないけど必ず手に入れると見つかり、その都度不必要なものなのでと預ける羽目になる)。
スタッフは、私のギャンブル欲求度合い・日頃の行動などを総合的に判断してタイムリ-にロックオンするのには(スタッフが声をかける理由は…)・・・生活費からコツコツ裏金を作って購入してる私には採算が合わない(一日2000円の生活費から裏金を作って投票のための端末を購入し、そのうえで賭けているのにすぐに見つかってしまうので採算が合わない)。 それでもめげずにギャンブルしたいが為にやる(それでもやめられない)。
時には、解約携帯の為(自分が持っている端末は契約が切れたものであるためにwifi環境が必要で)住まいのスタッフ室からWi-Fiパスワ-ドを盗んでミッドナイト競輪の電話投票したり・(無料で開放している)Wi-Fi環境場所からネット送金して外部(の友人)に車券や馬券を購入してもらった。日々のミ-ティングや仲間との料理・外出プログラムをこなしていても頭の中は、1人の時間を確保しての競輪投票だった。GA会場に仲間と移動する時は、競輪選手のようにぶっ飛ばし電話投票する。投票するより選手になろうかと錯覚するほどだ。
「やらなければよかった。週末いいご飯食べれたな・・・」
結果は、入寮前と同じだった。惨めさと後悔が必ずあった。それでも、また裏金を作る。
正直ギャンブルはやりたい。ここに居れば出る頃には何とか生活できるようになってるだろう。(果たしてそうだろうか?←ここだけ解説というよりも僕の心の声が漏れてしまいました)
「まだそんな事やってるの?やる事を今しないともったいないよ。」
何度もスタッフや仲間から助言してもらった。周りの環境は最高だし居心地もよい・・・
私は、楽しい生活を求めて佐賀にきたのではない。ギャンブルと向き合う為回復しにきたのだ。本末転倒の時間を過ごしていた。幸い体力とポジティブ思考はあるのでベクトルを転換すれば挽回は十分可能だ。
最近は、意図的だろう。スタッフが筋トレ・ボ-リングなど誘ってくる。ギャンブルに変わるモノを見つけたい私に追い風だ。やってやろう!!
ギャンブルは、無力を認める事から回復が始まる。
COBYPLAN入所中のマツさんから一言いただいております。
以下加筆修正なしでどうぞ。
こんにちは。ギャンブル依存症のマツです。
早いもので施設に来て9ヶ月が経ちました。
三月には、フルマラソンに挑戦しました。
三カ月ほどジョギングやウォーキングなどして、トレーニングした結果、5時間ほどで完走することができました。
しかし、左ひざが疲労骨折してしまい、今も病院通いをしています。
治ったらまたジョギングを再開して、心身の健康を取り戻したいです。
ここでは毎日、午前中はミーティングをして、午後はスポーツや映画鑑賞、外出などのプログラムを行っています。昼ご飯や夕食はみんなで料理をしたりしています。
そんな日常にもすっかり慣れてきて、今ではマンネリ化しています。
ギャンブルのない1日を大事にしていきたいと心では思っていますが、最近は朝起きてデイケアに自転車で行くことが億劫になっています。
最近あるショッピングセンターのビルのトイレの香りが、以前入り浸っていた場外舟券売場の香りに似ていて心がざわつきました。
さらに左ひざのリハビリ後、クリニックのデイケアに向かう途中に、パチンコ店に入ってしまいました。パチンコはやりませんでしたが、ギャンブル欲求が強くなっており、我慢の断ギャンブルになっています。
パチンコをやって楽になりたい気持ちに今はなっていますが、1年のメダルをもらいたいので、あと3カ月を「今日一日」をモットーに過ごしていきたいです。
施設であるトラブルがあった。
いつも通りみんなで解決してもらったのだが、
その後も何となく腑に落ちてないようで、
緊張感だけが残っている。
これは仕方がない。
平凡な人達は、それでもそれなりの人間関係を築けるのかもしれないが彼らはそうもいかない。
相手の不穏な様子に何をしでかすか分からない。そう思う人もいて、そんな彼が僕に話す事は暴力沙汰になってもよいかという話。
これを言いながら別に暴力を正当化しようとしているわけではない事は重々承知している。
そんな時僕は、暴力は絶対にダメだとは言わない。
ならば依存症だし暴力くらい仕方ないと思っているかといえばそれも違う。
施設の中での暴力は許さない。表(施設の外)でやれと言う。表でやればお互いに自分の責任を自分で取らなければいけなくなる。当事者が執行猶予中にも関わらず、もしかすると通りがかりの人が警察を呼ぶかもしれない。施設のスタッフが止めに入らなければ大怪我をするかもしれない。怪我をすればやはり警察沙汰になるかもしれない。はたまた下校中の小学生に大の大人がと笑われるかもしれない。
外でやれは、これらの覚悟があるのかと言う事を聞いていることでもある。言い方を変えれば施設の中を聖域にして欲しくないと言うことである。失敗する権利が保障されている事と、失敗の責任を取らなくていい事は同じではない。
暴力が絶対に良くないことなんてのは誰でも分かってる。
暴力って実は怖いし、悲しいもの。
そう言える様に僕はなりたい。
施設であるトラブルがあった。
いつも通りみんなで解決してもらったのだが、
その後も何となく腑に落ちてないようで、
緊張感だけが残っている。
これは仕方がない。
平凡な人達は、それでもそれなりの人間関係を築けるのかもしれないが彼らはそうもいかない。
それなりの関係を築けない別の人は、仲間を巻き込んで排除しようとする。あの妄想癖は何をしでかすか分からない。入院が必要ではないか?集団生活は難しいのではないか?とまあこうなる訳である。
だから僕は、相手のことは変えられないから自分のことで変えられることはないかと伝える。
大抵心当たりがあるもの。
それを指摘すれば、ギャンブル依存の治療のために来ているのであって人とのコミュニケーションを改善するためではないと、問題の本質までも排除してしまう。これも一つのパターン。
人とのコミュニケーションの中にこそ、自分の誤った考え方を多く見ることができる。考え方の変容が無ければ行動の変容はあり得ない。排除はするな。不快にもつきあえ。ギャンブルがやめられないのは原因ではなく症状だ。
施設であるトラブルがあった。
いつも通りみんなで解決してもらったのだが、
その後も何となく腑に落ちてないようで、
緊張感だけが残っている。
これは仕方がない。
平凡な人達は、それでもそれなりの人間関係を築けるのかもしれないが彼らはそうもいかない。
それなりの関係を築けないものだから、距離とって1人の頭でグルグル考え妄想的になる人がいる。すると、あの時のアレももしかしてと繋がっていき、終いにはあの野郎絶対許さない!といつものパターンに。
だから僕は、1人の頭で考えてないで話せばいいじゃないかと当たり前のことを言う。ついでに怒りはギャンブル脳から出る欲求の指令ですと決まり文句を伝える。
まあ、すぐには問題が解決しない事を知る良い機会。
5台目のスマートフォンの預かり台帳にサインをしてもらったのは今日の午後だった。
僕にとっては通常のやりとり。
施設には、
やめられない人しかいない。
しかし、やめられない人がみんな必ずしも同じかといえばそうではない。
やめられない人の中には、
①やめられないけどやめたい人、
②やめられないけどやめたくない人、
③やめられないけどもう大丈夫と思考ストップした人、
主にこの3パターンで形成されているような気がする。
僕がなぜ①の人だけ選んで入所してもらわないかといえば、それは①から③は流動的だからだ。
どの人にもやめる権利もやめない権利もある。
そう考えれば、僕が彼らにやめさせる関わりを取らない理由がわかってもらえるだろうか。
とはいえ、施設には最低限のルールがあってそれを守らない場合にはそれなりの対応を取る。
さて本題に戻る。
普段から利用者の親身になって考え関わってくれている職員から、スマートフォンを預かった出来事に関して「かまをかけたのですか?」と質問された。
これはとても大事なことなので真面目にレスした。
かまをかけるようなことを利用者と職員間で行っては絶対にならないと思う。
かまをかけるとは、ひっかけるということ。もう少し極端に言えばだますということ。
依存症からの回復には、信じることや正直になるということがとても大事な要素だという。
これを職員がやるというのはどうだろうか。
だからこそ、僕が指摘をするときは駆け引きではない。
指摘するということはうまくやれてない(ルール違反以上に何か生活に支障が出ている)事実を目にしている、つまりそれ以上はやめようというメッセージでもある。
5台目のスマートフォンに4000円、そのスマートフォンを利用してやったギャンブル10000円ほど。
やめられない。できればやめたくない。
それを共有した今日の午後。
それでも彼はここにいる。
ある人に言わせてみれば、依存症とは順番が変わってしまう病気だという。
それはこういうことだ。
ギャンブルを娯楽と考えられる一般的な人たちは、仕事や学業、家庭などを顧みずパチンコや競馬などを楽しむことはない。ところが一部の依存症と呼ばれる人たちは、そのコントロール障害に陥っているために、何よりも先にギャンブルをやる。そしてやるためには手段を択ばなくなっていく。
なので逆に言えば、そこからの回復はやるやらないということもそうかもしれないが、
順番を間違えないようになるということでもあるのかなと思っている。
さて、この順番に関しては何もギャンブラー本人だけの問題だけではない。
その周りの人たちも考えておかなければならない。
特に本人が作った負債に関すること。
司法がらみであっても、安直に家族に尻拭いさせるべきではない。これをやると困ったときに家族はどうにかしてくれると本人は勘違いする。
だけならともかく、周りの人たちも勘違いする。
あの人には面倒を見てくれる家族がいるから、家族の力で社会復帰させなければならない。
それが家族だ。と、こうなるわけである。家族が病気を治せるわけがない。
まとめると負債の埋め合わせは、先にしても仕方がない。
また負債を抱えられる状態になるだけ。
埋め合わせは、本人がやらなければならない。
お願いします。順番です。